所得税裁決   平28-12-02, 平29-07-05 (棄却)

テーマ:給与所得者の特定支出控除の特例/帰宅旅費等

 

1.事案

 転任に伴い配偶者等との別居を常況とすることとなった大学教員である請求人が、平成25年、26年分の所得税について ①配偶者等が居住する居宅への帰宅旅費に係る支出として高速道路の通行料金、ガソリン代等及び駐車場代等の合計(本件帰宅旅費という)、②研修費・交際費として学会費、国際学会への参加費用、海外渡航関連費用、宿泊費、交通費、別刷費用等、海外研究者の接遇費その他 ③衣服費としてオーダースーツの仕立代、④図書費として書籍代及びダイアリーの代金を特定支出に該当するとして「給与所得者の特定支出の控除の特例」の適用を受ける旨の確定申告書を提出したところ、原処分庁から③の衣服費、④のうち書籍代を除き特定支出に該当しないなどとして過少申告加算税の賦課決定処分(本件賦課決定処分という)を受けた。請求人はこれを不服として原処分の全部の取消しを求めた。

 

2.争点 

(1)上記支出(特に本件帰宅旅費)は特定支出に該当し、請求人は特例の適用を受けることができるか。

(2)本件賦課決定処分は違法又は不当であるか。(過少申告となったことについて正当な理由があると認められるか)

 

3.審判所の判断 

争点(1)について 

(結論)本件帰宅旅費は特定支出に該当せず、請求人は特例の適用を受けることはできない。

(理由)所得税法第57条の2第2項第5号の委任を受けた所得税法施行令第167条の3第4項は、特例対象帰宅旅費の範囲としてその旅行に係る「運賃及び料金」がその対象とされている。(同項の)「運賃及び料金」は(特定支出に該当する通勤費について定める)同条第1項の第1号の「運賃及び料金」と同じ意味であって、これと異なる(同条第1項2号の)「燃料費及び有料の道路の料金の額並びに当該交通用具の修理のための支出」は含まれないと解すべきである。文理上、交通用具の使用のための支出が特例対象帰宅旅費に該当しないことは明らかである。

上記支出から本件帰宅旅費を除けば、給与所得控除の1/2を上回らないから、その他の支出について判断するまでもなく、給与所得者の特定支出の控除の特例を受けることはできないこととなる。

争点(2)について

(結論)本件賦課決定処分は適法である。

(理由)「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情により過少申告となった場合をいうところ、請求人が引用する国税庁のホームページに本件特例の適用に係る誤った情報が記載されていたわけではなく、その他客観的な事情により過少申告となったという事情もない。請求人の主張する事情はいずれも、本件特例に係る法令の解釈が難しい旨あるいは自分が解釈を誤った理由を述べているにすぎず、これらはいずれも請求人の主観的な事情であって、客観的な事情により過少申告となったという事情には当たらない。

 

4. 感想・検討等

審判所の法令解釈とあてはめは妥当と考えるが、立法論としては、請求人の事情にも汲むべき点があると考える。というのは、所得税法第57条の2(給与所得者の特定支出控除の特例)第2項第5号は特定支出に該当する帰宅旅費として「その者の勤務する場所又は居所とその配偶者その他の親族が居住する場所との間のその者の旅行に通常要する支出で政令で定めるもの」と広い範囲をとりながら、委任を受けた所得税施行令第167条の3第4項では「法第57条の2第2項第5号に規定するその者の旅行に通常要する支出で政令で定めるものは、同号に規定する旅行でその旅行に係る運賃、時間、距離その他の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の経路及び方法によるものに要する運賃及び料金とする。」とその範囲を交通機関を利用する場合に限定してしまっているからである。所得税法中で「○○で政令に定めるもの」という文言はいろいろなところで使用されているが、たいていの場合、法律中の○○という言葉から想像される範囲と詳細に政令で定めた範囲はほぼ一致している。ところが今回の帰省旅費については、法律中の「旅行に通常要する支出」から想像される範囲よりも政令の「運賃及び料金」が指す範囲の方が相当狭い。しかも、「運賃及び料金」が交通機関の利用に係る運賃及び料金に限られ、自家用車を利用した帰省に係る旅費がここから除かれているかどうか直ぐに判断できる文になっていない。ガソリン代が除外されることは直ぐにわかるが、高速料金が除かれていることを確認するためには、同条第1項や施行令第167条の5第2号まで見る必要がある。納税者の誤った解釈を防ぐには、法律中に「旅行に通常要する交通機関の利用に係る支出で政令で定めるもの」と規定すべきであったと考える。想像するに、法律作成の段階では自家用車による帰省旅費も対象とすることが想定されていたのではなかろうか。それが政令を作成する段階で、自家用車の利用に係るガソリン代や高速料金まで含めてしまうと納税者が正しく申告しない、若しくは正しく申告したかどうかチェックするのが大変だと考えて、交通機関の利用に係る運賃及び料金に限定したのではなかろうか。その背景には、特定支出控除のうち帰省旅費は恩恵的なものであってその範囲は国が勝手に狭めてよいという考えがあるのかもしれない。(立法時の経緯はまだ調べたわけではないので私の憶測に過ぎないかも。想像が正しければ同様の指摘を既にどなたかがしているようにも思う。)

 請求人がこの事案についてさらに争うなら、政令での帰省旅費の範囲の限定は法律の委任事項を超えているということを主張することになろうと思うが、給与所得者の特定支出控除があくまでも所得税法における特例であるという考え方にたてば難しいだろう。

 

関係法令

 所得税法57条の2

居住者が、各年において特定支出をした場合において、その年中の特定支出の額の合計額が第28条第2項(給与所得) に規定する給与所得控除額の2分の1に相当する金額を超えるときは、その年分の同項に規定する給与所得の金額は、同項及び同条第4項の規定にかかわらず、同条第2項の残額からその超える部分の金額を控除した金額とする。

2 前項に規定する特定支出とは、居住者の次に掲げる支出( 括弧内省略 ) をいう。

 ◆1 その者の通勤のために必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のための支出で、その通勤の経路及び方法がその者の通勤に係る運賃、時間、距離その他の事情に照らして最も経済的かつ合理的であることにつき財務省令で定めるところにより給与等の支払者により証明がされたもののうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定める支出

 ◆2~◆4 省略

 ◆5 転任に伴い生計を1にする配偶者との別居を常況とすることとなった場合その他これに類する場合として政令で定める場合に該当することにつき財務省令で定めるところにより給与等の支払者により証明がされた場合におけるその者の勤務する場所又は居所とその配偶者その他の親族が居住する場所との間のその者の旅行に通常要する支出で政令で定めるもの

◆6 省略

3 第1項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書(次項において「申告書等」という。) に第1項の規定の適用を受ける旨及び同項に規定する特定支出の額の合計額の記載があり、かつ、前項各号に掲げるそれぞれの特定支出に関する明細書及びこれらの各号に規定する証明の書類の添付がある場合に限り、適用する。

4,5 省略

 

第167条の3 (給与所得者の特定支出の範囲)

 法第57条の2第2項第1号(給与所得者の特定支出の控除の特例) に規定する政令で定める支出は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額に相当する支出(航空機の利用に係るものを除く。) とする。

 ◆1 交通機関を利用する場合(第3号に掲げる場合に該当する場合を除く。)  その年中の運賃及び料金(特別車両料金その他の客室の特別の設備の利用についての料金として財務省令で定めるもの(以下この号において「特別車両料金等」という。) を除く。) の額の合計額(当該合計額が法第57条の2第2項第1号の証明がされた経路及び方法による1月当たりの定期乗車券又は定期乗船券の価額(特別車両料金等に係る部分を除く。) の合計額を超えるときは、当該合計額)

 ◆2 自動車その他の交通用具を使用する場合(次号に掲げる場合に該当する場合を除く。)  法第57条の2第2項第1号の証明がされた経路及び方法により交通用具を使用するために支出する燃料費及び有料の道路の料金の額並びに当該交通用具の修理のための支出(第181条各号(資本的支出) に掲げる金額に相当する部分及びその者の故意又は重大な過失により生じた事故に係るものを除く。) でその者の通勤に係る部分の額のその年中の合計額

 ◆3 交通機関を利用するほか、併せて自動車その他の交通用具を使用する場合 前2号の規定に準じて計算した金額

 

 4 法第57条の2第2項第5号に規定するその者の旅行に通常要する支出で政令で定めるものは、同号に規定する旅行でその旅行に係る運賃、時間、距離その他の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の経路及び方法によるものに要する運賃及び料金(途中省略)とする。