貸付金債権の存否及び評価/評価通達の合理性・回収可能性・特別の事情の有無

貸付金債権の存否及び評価/評価通達の合理性・回収可能性・特別の事情の有無

                                                                                                      区分:相続税
東京地方裁判所 平成30年3月27日判決(棄却)(控訴)(TAINS: Z888-2192)
東京高等裁判所 平成30年9月27日判決(棄却)(確定)(TAINS: Z888-2234)

0.はじめに

 同族会社に相当な額の貸付金債権のある役員が、その債権を回収しないまま死亡した場合、その死亡した役員の相続税の計算においては、その回収が常識的に見て極めて困難な場合であっても、相続開始時点でその会社が明らかに経営破綻しているという事情がない限り、その債権は債権額で満額評価されてきた。これまでの数々の裁決・判決によれば、たとえその同族会社が経営不振の結果相当の債務超過となっていても、相続開始前後において一定の売り上げを上げているなど営業を継続している場合には、財産評価基本通達(以下「評価通達」という)204に従って債権額で評価すべきであるとして、ゼロ評価又は相続開始時点での会社の清算価値で評価すべきであるとする納税者の主張を退けてきた。[1]

 このような判例がある以上、我々税理士は、関与先会社に役員等からの相当額の債務を見出した場合、その債務の返済の可能性、その債権者の相続開始時期の遠近、会社の繰越欠損金の額等を総合的に検討し、必要とみれば、債務免除やDES(Debt Equity Swap:債務の株式化=貸付金の現物出資)等を実行することになる。しかし、常にそのような時間的余裕が与えられているわけではない。返済が事実上困難だと思いつつ、相続開始はまだ大分先のことだからと考えていた債権者が突然死亡することもありうる。そのような場合に、債権額で満額評価することには相当抵抗がある。

評価通達205には「課税時期において次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない。」とあるが、筆者の知る限り、回収が「著しく困難であると見込まれるとき」として、課税時期に倒産等の事実が生じている場合以外にこれを認めた裁決・判決を知らない。(債務者が個人である場合に破産等の事実がなくとも納税者が勝った裁決例はある。[2]

しかし、売上不振、赤字、債務超過額の程度を大きくしていけば、どこかで回収が「著しく困難」と判断すべきラインが存在するはずである。過去の判決・裁決は、納税者の争いのラインを下げ続ける歴史であった。今回取り上げる判決もその流れにある。課税庁の主張や裁判所の判断に特に目新しい点はなかったが、争訟ラインの最低記録を更新した事案であると思われること、課税時期において被相続人及び相続人が債務会社の経営と無関係であったこと、そして判決文中に詳細な事実経過や納税者側の主張が詳細に記載されていたことなどが興味深かったので詳細に検討してみることとした。

目次
1.事案の概要 
2.争点
3.当事者の主張
4.裁判所の判断
5.検討
  ・争点1について
  ・争点2について
  ・原告はどのように行動すればよかったのか
  ・債務会社の顧問税理士ができたこと
  ・債務超過会社に対するDESのリスクについて

                                                                

1.事案の概要

原告は、母Bの相続に係る相続税の申告において、K社に対する貸金債権が存在しないものとした申告書を提出したところ、更正処分を受けたためその取消しを求めた。

前提事実

a)K社について

 △△年設立(設立から平成12年まで原告の父Aが代表者、その後現在までC〈Aとの間の親族関係はないと思われる。〉が代表者)原告は昭和58年から現在まで本件会社の取締役として登記されている。)

b)経過

H○○年 父A死亡 (相続人は母Bと原告)
H20年12月20日 A相続について、5738万円余りのK社に対する貸金債権(以下「本件債権」という)をBが取得する旨の遺産分割協議書を作成した。
H20年12月22日 A相続に係る相続税の申告書を提出した。
H××年 B死亡 (以下「本件相続」という。原告が唯一の相続人)
H24年3月29日 本件相続について本件債権は存在しないものとした申告書(課税価格1476万円、納付すべき税額0円)を提出した。
平成25年8月、K社は処分行政庁からの照会に対し、本件相続開始時に債権者を被相続人とする借入金残高が5738万円、未払利息0円であった旨を回答した。
H26年5月 処分行政庁は本件相続開始時において、本件債権がBの相続財産であったと認定し、相続税の課税価格を7671万円、納付すべき税額を200万円余りとする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

原告は、異議申し立てと審査請求を経て本件訴えを提起した。

 

                                                                

2.争点

 争点1 相続開始時点における本件債権の有無

 争点2(ア)評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するか

(イ)評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情が有るといえるか

                                                            

3.争点に対する当事者の主張

争点1について

(被告の主張)

 本件債権は、昭和50年に発生し、その後も存続していた。Aの相続によりBが本件債権を取得した。本件相続開始時点において、本件債権の債権額は5738万円余り。

 被告主張の根拠

・K社の法人税申告書「借入金及び支払利子の内訳書」、総勘定元帳の役員借入金勘定

・A相続開始時のK社による残高証明書、A相続に係る遺産分割協議書

・K社代表者Cの原処分庁担当者からの「貸付金等照会書」への回答

・本件相続開始時以降に、本件会社と原告との間で5738万円余りの本件債権があることを前提に本件債権の整理交渉が行われていた

 

(原告の主張)

本件相続開始時点において、本件債権は存在しない。

イ)当時の原告の認識・行動をもって本件債権の存在を推認するのは不合理である。

原告は、本件相続の開始前にはK社の経営に一切関与しておらず、本件債権の存在について正確な判断をすることはできなかった。Cが本件債権は存在しないとの認識を示していたことから、原告は本件債権が基本的には存在しないと考えていた。

ロ)AはK社に対し、本件債権について、Aの死亡を停止期限とする債務免除の意思表示をしていた。

Cは、(Aから事業を引き継ぐ際に)返済はAが生きている間だけでいいかと聞いたところAから了承を得た旨、これは、CがAに対し、独立して仕事をしたい旨を述べたところ、Aから事業を引き継いでほしいと言われたため、引き継ぐのであれば多額の借金が会社に残っているまま引き継ぐのを避けるため、毎月10万円はAが生きている間だけ返済するという約束をしたからである旨、平成16年8月ごろまで毎月10万円ずつを役員給与という形で現金を支払った旨、平成16年12月から平成19年2月までAの預金口座に毎月10万円ずつ振り込んだ旨を供述した。(異議調査時)

Aは自分が死亡したら債務免除するとは言ってなかったが、借入金の返済はAが生きているうちでよいと述べたため、Aが自ら死亡したら債務免除をすると述べたのと実質的には同じことであると理解した旨を供述した。(調査時)

ハ)(仮にAの死亡を停止期限とする債務免除でないとしても、)

原告はAの死亡後にCと面談した際に、Bの使者又は代理人として債務免除の意思表示をした。

原告は、A相続に係る相続税の申告を依頼したD税理士より原告がK社の取締役とされていたこと、K社の決算書にAからの借入金が記載されており本件債権が存在していること、Aの通帳に毎月10万円ずつ返済らしきものがあることを伝えられた。原告は、本件債権の存在について疑問に思っていたが、D税理士から決算書は一般的に正しいと見なされるから申告しないといけないと言われたため、申告せざるを得ないと判断した。さらに、原告はD税理士から本件会社には本件債権を返済できる体力がないと伝えられた上で、次の相続の際に同じことが起こるため、本件会社に対して本件債権を放棄する意向を伝えたほうがよいと言われた。

原告は、主に本件会社の決算書から本件債権を「消して」もらい、次の相続で税金が発生しないようにするため、平成21年11月~平成22年1月にCと面談をした。原告は、Cがそもそも本件債権が存在していないという認識を持っていることをこのときに初めて知った。原告は、Cに対し、本件会社の決算書から本件債権を「消してほしい」と伝えたが、Cが税金の話をして渋っていたため[3]、原告らは、決算書に載っていると税金がかかるからそれではこちらが困る、ともかくそちらで処理して欲しいと重ねて伝えた。原告はこの際、Cに対し120万円の返済を求めたが、これは、Aの存命中の部分について未払金があるのであれば支払うべきであると考えたからである。原告は、本件債権全額のうち一部を請求している意識を有していたものではない。

 

(原告の主張に対する被告の反論)

  • Aの死亡を停止期限とする債務免除について

・同主張を裏付ける契約書などの客観的な証拠は、一切見当たらない。

・原告が引用するCの各供述は、K社及びC自身の他の行動と矛盾するものであるから信用性を欠く。少なくとも、C自身も、実際にはAの発言を債務免除の意思表示をしたと実質的に同じであるとは理解していなかった、あるいは、Cはその程度の発言しかしていなかったというべきである。

  • 原告ないし本件被相続人による債務免除の主張について

・原告は本訴に至るまで上記債務免除の主張をしていない。

・原告は、平成25年9月3日付の通知書をもって、Cに対し、原告が有する本件会社の株式や本件債権と本件会社の預金とを交換するよう求めていた。

・原告が本件面談において、Cに対して「決の算書から消して欲しい」との発言を裏付ける証拠はない。仮に「決算書から消して欲しい」と発言をしていたとしても、このような発言を債務免除の意思表示と解すべき判例等や一般的な商慣習は見当たらない。

 

(原告による再反論)

 原告が、本訴に至るまで上記債務免除の主張をしなかったのは、Cに対し、次の相続で税金が発生しないよう決算書から「消してほしい」と伝えたのみであるため、さほど重要な事実だと認識していなかったためである。本訴提起後に、原告自身と原告代理人との事実経過の確認の際に、このようなやり取りがあったことが発覚し、主張するに至った。

被告は、原告が平成25年9月3日付けの通知書によって、本件債権と本件会社の預金とを交換するよう求めていることをもって、原告が債務免除の意思表示をしたとはいえない旨を主張する。しかし、原告は、同年8月上旬に本件相続に関する税務調査を受け、同月26日に再度税務署から呼び出しを受け、税務署から原告に対し本件相続に関して5738万0272円の本件債権が相続財産に加算される旨伝えられ、これを受けて同月27日に通知書を発送したが、その目的は、原告が、Aの存命中は10万円ずつ支払う約束があった旨のCの発言から、そもそも本件債権は存在しないか、存在しても120万円であると考えていたため、同通知書を発送すれば、平成21年時点のCの発言に符合する回答がされ、税務署を説得する資料になると考えたからであって、貸付金の回収を実際に図る目的ではなく、Cの本件債権に対する認識を確認するために通知したものである。

 被告は、「決算書から消して欲しい」との発言が債務免除の意思表示には当たらない旨を主張する。しかし、これは、事実経過を無視して文言の表面にのみ着目した主張にすぎない。原告が本件面談に至ったのは、D税理士から、本件債権が存在している前提で、本件債権を放棄する意向を伝えたほうがよいと言われ、その専門家の意見を尊重したからであり、原告としては、Cとの面談の結果によっては、債務免除の意思表示を行う予定であった。ところが、原告は法律及び会計の専門知識に乏しく、Cに本件債権を放棄する意向を伝えるに当たって、債務免除という適切な表現を知らず、決算書に記載されている本件債権の記載が削除されれば、当然に本件債権はなくなるものと思い、「決算書から消して欲しい」と述べたものである。

 

 争点 2(ア)について

(被告の主張)

 (貸付金評価に関する評価通達の定めについての一般的解釈を述べたあと、本件について)

K会社の平成17年6月期ないし平成23年6月期における経常利益の平均は約83万円の赤字であるものの、同期間の売上高の平均は約1905万円である。また、本件相続開始時を含む事業年度である同月期以前金融機関から新たな融資を受けていたことも考慮すると、K社は損失が生じているものの、積極的に営業を継続していたと認められる。

そして、本件相続開始時現在において会社更生手続などの法的な処理が行われていた事実はなく、さらに、K社の同期間における債務超過額は、多いときで約6386万円、少ないときで約5743万円、平均約6029万円、K社の負債の多くは、本件債権が平均して約80%を占めていた上、本件債権については、返済期限の定めや利息の取決めがなく、直ちに返済が求められるものではなかった。また、K社の純資産の金額は、全体としてみれば、確かに、経常的に債務超過の状態ではあるものの、純資産の金額から本件債権の金額を除くと、債務超過額は大幅に減少するばかりか、債務超過から資産超過へ転じる決算期も見受けられる。

同期間におけるK社の負債に占める金融機関からの借入金の割合は、平均して約6%と少なく、しかも、その返済が滞ったことはなかった。K社が経済的に破綻していることが客観的に明白で、本件債権の回収の見込みがない又は著しく困難であると確実に認められるものであったとはいえない。

そして、K社が債務超過であることや、純損益の金額が赤字であるといった状況は、本件相続開始時の相当以前から発生していたのであって、このような状況下にありながらも、K社が長年にわたって事業を継続していることは、正に、債務超過であるとか、経常的に赤字であるからといって、評価通達205(1)ないし(3)に定める各事由と同程度に、K社が経済的に破綻していることが客観的に明白であるとは認められないことを裏付けるものである。

 

(原告の主張)

評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」について、評価通達(1)~(3)の事由以外にもその実質的価値に影響を及ぼす要因は、多種多様なものが考えられ、必ずしも法的倒産手続や任意整理手続などが実施されておらず、かつ営業も継続しているような場合であっても、貸付金債権等の実質的価値が額面金額に満たない事態は存在する。したがって、上記(1)ないし(3)の事由に準ずるものであって、同視し得る事態に当たらない場合であっても、貸付金債権等の回収可能性に影響を及ぼし得る要因が存在し得ることがうかがわれる場合には、評価時点における債務者の業務内容、財務内容、収支状況、信用力などを具体的総合的に検討したうえで、その実質的価値を判断すべきである。

仮に、評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に関する被告の解釈が正当であるならば、例えば法的倒産手続や任意整理手続などが実施されておらず、営業は継続しているような場合であるが、事実上債権の回収が不可能な場合でさえも額面通りの課税がされることになり、納税者の側から見ればもはや担税力がない場面で課税されていることにほかならないところ、担税力がないにもかかわらず課税することは、国民の財産権を不合理に制限しているものといえ、憲法29条に反する。また、運用上違憲といえないとしても、少なくとも原告に適用される限りにおいては、本件会社から原告が5738万0272円もの本件債権を回収することができないことは明らかであるため、評価通達205に関する被告の解釈を前提に、本件各処分を行うことはその適用において憲法29条に反する。

・K社から本件債権を回収できる見込みはないこと

 K社は○○などを製作しており、社員数はCを含めて2名、年間売上高は1700万円程度の小規模な会社である。K社は少なくとも平成19年以降現在に至るまで常に債務超過状態にある。さらに、本件債権は、同年以降7年間、本件会社の総資産の4.70倍から5.95倍を推移している。本件相続発生時の決算期(平成23年6月期)において、返済原資となる現預金は480万円余りにすぎず、担保の目的となる不動産も所有していない上、そもそも総資産は1143万円にすぎない。5738万円の資金調達を行うことは不可能である。

本件相続発生時の前後において、継続的に当期純損失が生じている。仮にK社が本件債権の返済を継続するとして、返済期間は、K社の各期ごとの入金額と出金額を分析し、年間の返済可能金額を出すと、平成17年6月期から平成24年6月期までみても、平均年間30万円にすぎない。そうすると、本件債権の返済には191年もの歳月がかかる。なお、K社では、少なくとも平成19年から平成25年までの7年間、法人税の支払実績がない。

また、Cの後継者なども育成されておらず、今後、企業としての成長が望める状況でもない、加えて、研究開発費など商品開発のための支出はなく、平成23年6月期以降は広告費の支出もなくなり、経営改善に向けた企業努力が図られた形跡はなく、実際、平成24年6月期から平成26年6月期の3年間は営業損失を計上し続けており、本件会社の営業状況は改善しておらず、本件会社の役員報酬が、役員報酬としては低額のままで増額していない[4]ことからも、本件会社の営業状況が改善していないことが読み取れる。以上のとおり、本件会社は、営業損失が継続して発生する状況にあり、その営業状況が改善される見込みもない。したがって、事業が継続したとしても、本件債権を返済する原資を得ることは困難であり、本件債権を回収できる見込みはない。

仮に、本件会社が事業を継続し、返済を続けるとしても、本件会社の営業状況は改善されず、よくても現状維持にとどまると予想されるから、本件会社からの返済は多く見積もっても、過去にAに支払ってきたとされる月額10万円が限界であり、仮に、その金額による返済が続いたとしても、原告が61歳であることからすると、原告の存命中に全額が返済される可能性は高くなく、貸付金の回収の見込みはない。[5]

一般的には継続的に金融機関から新たな借入れがある事実から実質的に破綻していないという評価を導き出し得るが、K社は、L銀行に定期預金を350万円ほど預入しており、その定期預金が借入金の担保になっていることから、同銀行からの借入れがあることをもって、実質的に破綻していないとはいえない。

・被告の主張について

K社の債権者に対する返済が遅滞又は停止していたなどの事実はないが、K社が本件債権について直ちに返済していれば、他の債権者への返済が滞るため、本件債権は、そもそも返済が望めないのである。

現に営業活動をしていることと、本件債権の返済が可能か否かは別問題である。K社の2000万円の売上金は、そのほとんどが経費に費消されており、1年当たり30万円程度しか残らないのであって、K杜に急激な業績回復がなければ返済原資が作れないことになるが、そのような事情は一切見られない上、被告が指摘する売上金や金融機関からの借入れの事実をもって、原告がK社から5738万円余の本件債権を回収することが可能であるなどとは到底いえない。仮に本件債権が返済期限の定めがないものであるならば、本件債権は債権者が履行を請求すれば弁済期が到来するから、請求時にK社には直ちに支払義務が生じることとなり、本件債権は直ちに返済が求められるものでないとはいえず、被告の主張はその前提を欠く。仮に、本件債権が存在しているとして、原告がK社に対して本件債権の返還を求めて訴訟を提起したとしても、本件会社に本件債権全額を一括返済する資力がないことは明らかであり、本件債権がK社の負債の多くを占めている分、むしろ本件においては破産など法的倒産手続にも直結するのである。

(被告の反論)

 評価通達の適用があるか否かの判断を、債務者が借入金を一括返済するだけの資力があるか否かによって判断するものではない。そもそも、本件相続開始時において、K社が債権者から借入金の一括返済を求められていた事実も見当たらず、そのような訴訟を提起しているわけではない。

 

争点(2)イについて

(原告の主張)

仮に、評価通達205に一般的な合理性が認められるとしても、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情のある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されるものと解するのが相当である

 M(公認会計士?)が算定した本件債権の評価額は871万1000円であり、また、原告主張の事実からすれば、本件債権について回収可能性に影響を及ぼし得る要因が存在することは明らかである。そして、本件更正処分における課税標準の増額分のうち、92.63%が本件債権を評価したことによるものであり、本件更正処分の大半を占めている。本件債権の加算がなければ、原告には、相続税の申告義務がないのは明らかであり、本件債権の加算が課税処分のうち、決定的に重要な項目をなしている。仮に、本件債権の加算があったとしても、その評価額が4087万0576円を超えなければ原告に相続税の納付義務がない。本件債権の評価は高くとも871万1000円、まして、本件債権の評価は本件で課税が生じることになる4087万0576円にはならないことは明らか。

 仮に、上記の特別の事情があるといえないとしても、無利息である元本に通常の利率(基準年利率)年1.5%による複利現価率を乗じて評価すべきである。返済期間191年(年30万円返済)の本件債権の現在価値は332万8055円となる。月額10万円を返済するとすると、返済期間は47年間で現在価値は2851万7995円となる。Cの発言からすれば、本件債権について当初は返済期限の定めはなかったものの、月10万円ずつ支払う約束を行った時点で本件債権の残額を10万円で除した月数を返済期限とする合意がされているという認識をCが持っているとみることもできる

 

(被告の主張)

本件評価は、何ら法令等の規定に基づかないもので、評価する者の立場によって異なる評価額が算出されてしまう方法で算出されたものであるから、このような方法により算出された評価額が、評価通達に定める評価方法に基づき算出された本件債権の評価額を下回るからといって、特別の事情が存在するとは認められない。

評価通達は、204により、額面金額による評価を原則としつつ、例外的に205により、貸付金債権の回収が見込めない金額を考慮しているのであるから、回収可能性に影響を及ぼし得る要因は、評価通達の定めによらないことが相当と認められるような特別の事情とはいえない。

原告は、本件債権について、返済期間を踏まえて現在価値に引き直すべき旨を主張する。しかし、本件債権は、本件相続開始時において、本件被相続人から返還の催告がなされていないものの、本件相続開始時後において、相当の期間を定め、弁済期間を設けずに弁済を求め得る可能性もあるのであって、将来の弁済期を考慮した割引計算を行う必要は認められない。

                                                           

4.裁判所の判断

1)認定事実

 ほぼ被告の主張にそった事実認定をした。

  1. a) A相続開始後、本件相続開始前の原告とCとの面談

原告は、平成21年11月ないし平成22年1月頃Cと本件面談をし、本件債権について、Aが存命中に未払であった120万円のみでも弁済することなどを申し入れた。これに対し、Cは、何とか返すという趣旨の返答をした。

  1. b) 本件相続開始時におけるK社の本件債権に対する認識

原処分庁の「貸付金等照会書」に対する回答(前出)

  1. c) 本件相続開始後の原告と本件会社との間での交渉

原告は、平成23年12月、公認会計士の同席の下にCと面会し、Cに対し、本件債権について、返せる範囲で少しずつでも返済してほしいという要望を伝え、また、原告は、Cに対し、…、返済した分だけ法人税の負担にならないよう債務免除するのもやぶさかではないという話をした。これに対し、Cは、原告に対し、車のローンの支払があるため、返済は3か月程度待ってほしいとの話をした。

原告は、本件相続において、本件債権等が原告の相続財産とみなされ不利に取り扱われるおそれがあるなどとして、弁護士に対し、本件債権等の整理を依頼した。原告から上記依頼を受けた代理人弁護士は、K社に対し、平成25年8月27日付け通知書を送付し、原告はAが保有していた株式及び貸付債権等を相続により取得して保持しているところ、上記債権が原告の相続財産と看做されるおそれがあるなど、不当に遺産の評価がなされて、不利に取扱われるおそれがあるため、上記債権の整理も併せて依頼を受けているなどと通知した。

 上記通知書を受領したK社は、平成25年8月29日付けで、原告に対して回答書を送付し、本件債権に関して、借入金5738万0272円(相続開始時)については、将来の相続財産になるおそれがあるということで、毎期、法人の課税上負担にならない金額を、債務免除を受けるということで減少させていくという話をした経緯があり、実際に、平成24年6月期では150万円、平成25年6月期では300万円を減少させ、今後も毎期減少させていくなどと回答した。

 上記の回答書を受領した原告は、K社に対して平成25年9月3日付けの通知書を送付し、原告の申入事項のうち債権と株式全部の譲渡について、株式全部と貸付金6653万0272円及びこれに対するA死亡の翌日からの月10万円の金利全部とK社の定期預金352万6991円を原告に交換譲渡してほしい旨を通知した。

2)争点に対する判断

 ほぼ全て被告の主張を認めた。

争点1について

K社は、本件相続開始時において、5738万0272円の本件債権が存在するものとして自社の会計処理等をし、原告は、本件相続開始時において、同額の本件債権が存在したものとして債権の行使をしたものであるということができるから、本件相続開始時に本件債権が存在していたことが認められるというべきである。

AがAの死亡を停止条件とする債務免除をするとの意思表示を明示的にしたと認めるに足りる証拠はない。A相続開始時の事情に鑑みると、Aが債務免除の意思表示をしたとは認められない。

(CがAから生前にのみ債務を返済してくれればよいと言われた旨の原告主張について。)「(Aの)上記発言が認められるとしても、同発言は、その文言上は、Aの死亡後に本件債権をどのように扱うかについて、確定的なことをいうものとまではいえない」

(高裁判決では、さらにCの「控訴人から了承を得ながら免除を受けていくつもりです。」という発言から「A死亡を停止条件として本件債権の残高が免除となるとは、C自身も認識してはいなかったことが明らか」とし、また、調査担当者の「C社長は、何の証拠もないと証言しました。C社長は、A氏が口頭でそのように発言したと記憶しているだけで、自分がそう理解しているだけだ、という趣旨の証言をしました。」との発言から、「Cの上記供述から直ちにAが上記発言を行ったこと自体を認定することはできない。」とした。)

(原告の「決算書から消してほしい」との発言について)

「仮に同発言がされたことが認められるとしても、交渉過程での発言の一つにすぎず、確定的に法的効果を発生させる発言であるとまで認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告は、調査において、K社の平成24年6月期及び平成25年6月期に本件債権につきそれぞれ150万円及び300万円の債務免除益が計上されていることについて質問された際に、K社には誠意が全く感じられなかったため、本件債権に関して、K社のために債務免除した事実はなかったし、したつもりもないと述べており、また、本人尋問において、平成23年12月の時点では、本件債権について債務免除をしていなかったと認識していた旨を供述しているのであって、上記発言が、原告がCに対して本件債権について債務免除の意思表示をしたものとは認められない。」

争点2(ア)について

 被告の主張を全面的に採用。本件債権は「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に当たるとはいえないとした。

高裁『控訴人は、当審において、評価通達205にいう「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、本件債権のような貸付金債権で、とりわけ債務者が法人の場合には、債務者の債務超過の状態が著しく、現にその債務を弁済するための資金を調達することができないだけでなく、将来においても調達することが著しく困難であることが明らかに認められる場合をいうものと解すべきであり、これらの判断に当たっては、債務者の業務内容、財務内容、収支状況、信用力、債務者の返済状況など債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力や債権額と取立費用との比較衡量などの債権者側の事情、その他経済的環境等一切の事情を踏まえ、社会通念に従って総合的に判断すべきであると主張する。しかし、相続税法22条の「時価」を判断するに当たり、財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、原則としてこれに定められた画一的な評価方法によって、当該財産の評価を行うことは、税負担の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減といった観点からみて合理的であることは、原判決が説示するとおりである。そして、貸付金債権については、債務の内容が金銭の支払という抽象的な内容であり、通常は元本及び利息の金額を一義的に定めることができるものである一方、市場性がなく、取引相場のように交換価値を具体的に示すものはないから、評価通達204が、原則として、貸付金の価額を元本の金額と既経過利息との合計額で評価すると規定し、評価通達205が、例外として、債務者が手形交換所において取引停止処分を受けたとき等、債権金額の金部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに限り、それらの金額を元本の価額に算入しないとしているのは、貸付金債権の上記性質に照らして合理的なものということができる(貸し倒れリスクを何らかの方法で評価して減額することは、その客観的かつ適切に評価する方法を見出し難い上、上記の貸付金債権の性質からすると、採用することができない。)。また、評価通達205にいう「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると客観的に明白に認められるときをいうものと解すべきである。そして、次の(2)及び(3)の事情を考慮すると、本件債権について、評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に債権回収の見込みがないか、又は著しく困難であることが客観的に明白であるとはいえない(したがって、また、担税力の認められないところに課税するといった事情は認められないから、憲法29条の問題が生ずる余地もない。)。 

控訴人は、当審において、本件会社について会社法472条1項の規定に基づくいわゆるみなし解散の登記がされていることを理由に本件相続開始日は長期間事業を継続し難い事情があったといえる旨主張するが、登記がされたのはその日から約4年6か月後であり、その間、上記のとおり損益決算書等(ママ)に損益が計上されていることに照らせば、上記主張は採用することができない。

控訴人は、当審において、平成26年時点において、本件会社が■■に保有する定期預金と同行からの借入金債務が相殺されているから、同行への返済が滞っていた旨主張するが、証拠からは、本件相続開始日から約3年6月後の平成26年12月5日に定期預金が解約され、その払戻金の一部が借入金債務の返済に充てられたことが認められるにとどまり、本件相続開始日の前後において同行への返済が滞っていたことまではうかがわれないし、かえって、証拠によれば、本件会社は、少なくとも平成24年6月20日までは同銀行に対し借入金債務の返済を行っていたことが認められるから、上記主張は採用することができない。』

K社に本件債権に係る債務を一括返済する資力がないとしても、『K社の負債の約80%に相当する本件債権を相続した控訴人は、相続開始当時、本件債権を毎月5万円でも10万円でも返済してほしいとの要望を伝え、現に、一括返済を求めて法的な措置を執るなどの対応をしていたものではないことからすると、』評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると確実に認められるときに当たるとは認められない。

 

争点2(イ)について

国側の主張を全面的に認めた。

原告は、本件債権の評価額は本件評価により871万1000円である旨を主張し、これに沿う評価書を提出するが、独自の評価をもって直ちに特別の事情があるとはいえない。

原告は、本件債権について、その回収可能性に影響を及ぼし得る要因が存在するのであるから、評価通達の定めによらないことが相当と認められるような特別の事情が存在する旨を主張するが、『本件会社が本件債権に係る貸金の返済義務はないと主張し、あるいは、本件会社に一括返済する資力がなく、債権が直ちに回収することができないとしても、』そのことによって、直ちに当該債権の評価が0となるものではなく、上記特別の事情があるということはできない。

・割引現在価値で評価すべきとの原告の主張について

本件債権につき期限の定めがあることはうかがわれないのであるから、『本件会社が、平成16年9月から平成19年2月まで、Aに対し、おおむね毎月10万円を支払っていたことがあったとしても、本件債権の金額やそれ以外の期間に同様の支払がされていた事実はうかがわれないことに照らせば、本件債権について毎月末に10万円ずつ返済する旨の合意があったと推認することはできない。』原告の(割引現在価値で評価すべきとする)上記主張は前提を欠く。また、仮に債権を直ちに全額回収することができないとしても、評価通達205の各事由に該当しない以上、事実上の回収可能性を考慮して債権を評価すべきものとはいえない。

                                                          

5.検討

最初に触れたように、この事件は、本件の被相続人、相続人ともに貸付先会社の経営に無関係であった点が特徴的である。判決文を丹念に追いかけると、この点が、関係者の一連の行動や裁判における主張にどのような影響を与えていたかを窺うことができる。相続人には、貸付を継続してその会社の経営を支えることによって債権を回収しようとする気持ちは希薄であったに違いない。いかなる方法であれ、最大限の回収(相続税の支払いが不可避なら、相続税を支払ったあと手元に残るお金を最大とする)ができればその手段は問わないと考えていたように見える。一方、貸付先会社の代表者もその貸付金を返済は免れたいが会社には課税されたくない、課税を受けないのであれば債務免除の時期や手段は問題ではないと考えていたようである。こうした相続人債権者の意識と債務者の態度、そして相続開始前に両者の間に入って解決策を提示できる専門家がいなかったことが相まって、担税力のない(と筆者は思う)財産に課税される結果につながってしまったのではないかと考える。[6]

                                                       

争点1について

A相続後に作成されたK社の本件債権に係る残高証明や本件債権が一貫してK社決算書に表示され続けていたという点、本件相続開始後に原告が本件債権の返済を求める行動をとっていた点など、原告にとって不利な証拠が多過ぎた。原告は、Cの発言「Aが生きている間だけ返済してもらえればよいといわれた」(供述調書)をよりどころにしようとしたが、それだけでは他の証拠を覆す力はない。やはり明確な債務免除の書面が必要であろう。(もちろん口頭による債務免除であっても有効である。高裁では改めてCから事情聴取をしたうえで判断を下している)また、「相続税が課税されると困るから決算書から消してくれ」という面談中の発言であるが、いくら法律に疎い人の発言であってもこの発言だけで債務免除があったとは言えないのは当然である。

                                                       

 争点2について

 「はじめに」において述べたように、この裁判は貸付金の相続税評価を債権額で行うことを強制される会社の経営状態、財務状態の最低ラインの記録を更新した裁判と評価できる。

債務会社の相続開始前7年間の平均債務超過額は6000万円以上。これに対して年間売上高は2000万円足らず。しかも売り上げの大半は経費にあてられて会社に残る金額は年30万円程度。そのうえK社には代表者のC以外には従業員1人しかいない。法人といってもほとんど個人事業に近いものであった。また、相続開始前、金融機関から毎年200~300万円の新たな借り入れをしていたとしているが、この借り入れも将来の利益増を見越した、融資額を増加させる積極的なものではなく、借入返済により不足する資金を補充するだけの融資であった可能性がある。このような状態であっても、評価通達205(1)~(3)と同程度に経営破綻をしているとまでは言えないが、だからといって債権額そのもので評価されることに筆者は納得できない。確かに、原告が出した本件債権の評価方法は法令により公認されたものではないし、評価者によって評価額が異なるものとなるだろう。しかし、本件債権については、どのような評価者であってもその時価が他の財産と合わせて相続税基礎控除額を超えることとなる金額(5738万円(本件債権額)-1671万円(税務署認定課税価格の基礎控除超過額)=4067万円を超えると評価するとは考えられない。このような事例を見ると現在の評価通達204及び205だけでは極めて不十分ではないかと考える。評価通達のこれほどまでの画一的適用強制力を見るにつけ、よりきめ細かい債権の評価方法が求められるのではないか。税理士会などが主導して通達改正を働きかけるべきであると考える。

                                                       

原告はどのように行動すればよかったのか

とはいえ、こうした取扱いがなされている現状では、原告はどのように行動すべきであっただろうか。本件相続前又は本件相続後において原告が取り得る手段を考えてみる。

  1. a) A相続後かつ本件相続(B相続)前

i)本件債権の回収や整理についてBから委任状をもらう。

ii)次いでBの財産を調査し、本件債権額(5738万円)を含めたところで、B相続の際の予想課税価格の合計額が基礎控除額を上回る金額(約1700万円)を見積もる。

iii)基礎控除額を上回る金額について回収可能性を検討し、その部分については回収可能性がないと判断すれば、その金額のみの債務免除をK社に提案する(ここまでは、もしかしたら債権者側でやっていたかもしれない)。

iv)K社が債務免除による法人税の課税を嫌い、その課税が債権回収をさらに難しくすると判断されるのであれば、その金額についてDESを持ち掛ける。

v)K社がDESの際の登記費用や増資後の法人地方税均等割りの増加を嫌って応じないようであれば、K社の経営状態財務内容を精査し、本件債権の合理的な時価(会社清算価値で評価するなら871万円×1700万円/5738万円=258万円)を算出し、基礎控除額を超える債権額(1700万円)をその時価(258万円)で信頼できる者(相続人以外の身内、例えば原告の配偶者など)に(その者に贈与税が課税されないなるべく低い金額で)譲渡する。原告が別会社を経営していればその会社への譲渡も有効であろう。

vi)この時点で本件債権の時価評価にかかる専門家への手数料を節約したいのであれば、Bその者との間で本件被相続人の死亡を停止条件とする時価での債権譲渡契約を行う。本件被相続開始後、相続開始時点における時価評価を実際に行い、その金額で譲渡を行う。

 ここで、身内への債権額1700万円を258万円で贈与した際に低額譲渡とみなされ贈与税(会社への譲渡であれば法人税)が課される可能性があると考えるかもしれないが、譲渡した債権の回収を手元に残った債権の回収よりも優先させるなどのことがない限り、課税できないと考える。債権譲渡契約書に手元に残った債権と譲渡相手の債権の回収は共同で行うという条件を付けておけばそのあたりをはっきりさせることができるだろう。

  1. b) 本件相続開始後

上記債権譲渡のスキームは本件相続開始後においても、速やかに債権全額の譲渡を実行すれば有効となる可能性がある。というのは、短時間であれば、相続開始から譲渡の間に会社の状態に大きな変化がないと考えられるからである。もちろん本件債権は相続財産であり、財産評価基本通達に従えば債権額で評価されることになるのであるが、相続開始直後に時価とみなされる価額で譲渡しているような場合には、基本通達第6項の規定が適用できると考える。課税庁が債権額を時価とするような扱いをするのであれば、その譲渡に低額譲渡として贈与税(法人が譲受者となる場合には法人税)を課されなければ一貫性を欠くことになる。(債権譲渡によってその債権の時価が下がるという理屈が存在すれば、譲渡前の債権については債権額で評価しつつ譲受者に贈与税等をかけないという扱いが正当化されてしまうかもしれない。)

また、高裁判決は、原告が「一括返済を求めて法的な措置を執るなどの対応をしていたものではない」ことを、回収が著しく困難であると確実に認められない根拠の一つとしているが、逆に「法的な措置」をとっていれば原告に有利に働いた可能性もある。ただし、そのようにしても確実に課税されないという保証はないため、かかる費用との比較考量となる。

本件においては、相続開始時点で相続人と債務会社は対立関係にあったが、相続人またはその同族関係者が債務会社を経営していることが多い。このような場合においても、相続開始前の相当期間、経営不振による債務超過状態が継続し、かつ相続開始後、すみやかに解散清算処理が行われている場合には、特別の事情を認めて、相続開始時点における清算額と実際に回収できた金額の大きい方の金額で評価すべきと考える。また、生前に被相続人が「私が死んだら会社への貸付金は返してもらわなくとも結構だ」と述べていた場合において、相続開始後最初の会社決算においてその金額について債務免除益を計上したときは、相続財産とする債権額はその債務免除した金額を控除した金額なるであろう。これはたとえ文書による通知がなくとも、会社の処理と相続人の処理に矛盾がない限りこれを認めるべきであると考える。

                                                       

K社の顧問税理士ができたこと

次にK社の顧問税理士としてはどのようなことができたであろうか。事実関係について多少の想像を交えて考えてみたい。

AがCに会社を引き継がせる際に、Aの貸付金が将来引き起こす可能性のあるトラブルを予想し、その返済についてA及びCの意思を確認し、多少の費用がかかったとしてもDESプラス株式贈与などの対策を勧めるべきであった。(オーナーの相続税対策は顧問契約外であろうが、一方的に債務免除されてしまうという課税リスクに対処するアドバイスは必要であろう。決算申告だけの契約であれば話は別だが。)会社経営がCに引き継がれた後、顧問税理士はAと接触することはほとんどなくなったのであろう。

                                                       

債務超過会社に対するDESのリスクについて

最後に、債務超過が著しい会社がDESを行った場合には債務消滅益による法人税課税が生じてしまうリスクがあるといわれている[7][8]が、相続税の争訟結果を見ると、たとえ債務超過が著しい会社のDESであっても、債権者が個人でありかつ租税回避行為に当たらない場合には、個人及び債務会社が共に券面額を債権の時価として処理する限り、課税庁側から債務消滅益を認定することはできないと考える。そして、将来、債権の時価が債権額を下回っていると主張する者が利害関係者中にいる場合や、租税回避が疑われるような事案が生じたときに進んだ判断が行われるのではないだろうか。

 

[1]千葉地裁 平成19年10月30日判決、東京高裁 平成21年1月22日判決

  神戸地裁 平成22年9月14日判決

  福岡地裁 平成28年1月22日判決、福岡高裁 平成28年7月14日判決

[2]平成19年6月29日裁決、平成24年9月13日裁決

[3] 大部分の欠損金が期限切れとなっていたと思われる。

[4] K社の役員報酬額:H17.6期~H22.6期(年224~264万円)、H23.6期もほぼ同額と思われる。

[5] 原告の年齢ではなくCの年齢が気になるところである。

[6] もしかするとK社の顧問税理士(D税理士?)がなんらかの動きをしたかもしれないが判決文からは見て取れなかった。

[7] 安松万梨子(第20回租税資料館賞 入賞論文(平成23年))、小林則子(第22回租税資料館賞 入賞論文(平成25年))

[8] 税理士損害賠償事件 東京地裁平成28年5月30日判決(判例タイムズNo.1439 p233)、伊藤明弘 税務通信 No.3491 p34、東京高裁令和元年8月21日判決

 

財産評価基本通達

204(貸付金債権の評価)
 貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金、その他これらに類するもの(以下「貸付金債権等」という。)の価額は、次に掲げる元本の価額と利息の価額との合計額によつて評価する。
 (1)貸付金債権等の元本の価額は、その返済されるべき金額
 (2)貸付金債権等に係る利息(208(未収法定果実の評価)に定める貸付金等の利子を除く。)の価額は、課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額

 

205(貸付金債権等の元本価額の範囲)
 前項の定めにより貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない。
 (1) 債務者について次に掲げる事実が発生している場合におけるその債務者に対して有する貸付金債権等の金額(その金額のうち、質権及び抵当権によって担保されている部分の金額を除く。)
 イ 手形交換所(これに準ずる機関を含む。)において取引停止処分を受けたとき
 ロ 会社更生法(平成14年法律第154号)の規定による更生手続開始の決定があったとき
 ハ 民事再生法(平成11年法律第225号)の規定による再生手続開始の決定があったとき
 ニ 会社法の規定による特別清算開始の命令があったとき
 ホ 破産法(平成16年法律第75号)の規定による破産手続開始の決定があったとき
 ヘ 業況不振のため又はその営む事業について重大な損失を受けたため、その事業を廃止し又は6か月以上休業しているとき  

 (2) 更生計画認可の決定、再生計画認可の決定、特別清算に係る協定の認可の決定又は法律の定める整理手続によらないいわゆる債権者集会の協議により、債権の切捨て、棚上げ、年賦償還等の決定があった場合において、これらの決定のあった日現在におけるその債務者に対して有する債権のうち、その決定により切り捨てられる部分の債権の金額及び次に掲げる金額
 イ 弁済までの据置期間が決定後5年を超える場合におけるその債権の金額
 ロ 年賦償還等の決定により割賦弁済されることとなった債権の金額のうち、課税時期後5年を経過した日後に弁済されることとなる部分の金額

 (3) 当事者間の契約により債権の切捨て、棚上げ、年賦償還等が行われた場合において、それが金融機関のあっせんに基づくものであるなど真正に成立したものと認めるものであるときにおけるその債権の金額のうち(2)に掲げる金額に準ずる金額